
とどいてほしい12通のてがみ 通崎睦美
「届くことのない12通の手紙」は、2000年春から、2001年夏にかけて、私の手元に届いた。
受け取った楽譜から「ミナトサンは、作曲したあと、曲の細かいことなどほとんど忘れているんじゃないかな」そんな印象を受けた。たぶん、自分が即興演奏しているかのように、五線にむかって鉛筆を走らせ、楽しみながら書いたのだろうと。
彼から「てきとうで」という言葉を何度となく聞いた。それは、「楽譜通りでなくてよい」ということ。この楽譜をもとに自由に弾いてくれてかまわない、ということだ。実際、マリンバデュオ用にアレンジしたり、アドリブ部分を加えたり、またパーカッションを交えて演奏したりもした。楽譜からは、いろいろに姿を変えることができる可能性が感じられた。
しかし、今回私が選んだのは、楽譜に忠実に弾くこと、だった。
そこに書かれた音符に、自分なりの意味をもたせて音楽を作っていくのは、私にとって、とても楽しい作業だったし、そしてなにより、作曲家が思っている以上に、楽譜はちゃんと完成されていたのだから。
さんざん、「マリンバのソロだけで33分なんて、地味過ぎて売れないよ。」と言われたにもかかわらず、それだけ! にしちゃいました。
この作品には、たぶん、それが、いちばんいいとおもったから。
「届くことのない12通の手紙」聴いていただけると、うれしいです。
「不思議な郵便配達」〜「届くことのない12通の手紙」に捧げる寸劇 野田雅巳
登場人物
男(年齢不詳。少年かもしれない老人かもしれない)
少女(9才くらい)
父(50〜60才。ゲルマン系白人。しかし小柄)
母(20才代に見える。アフリカ系黒人。ディーバのような豊満なからだ。
父よりも身長が高く、体重も重い)
郵便局員(平凡な中年男)
舞台のやや奥まったところに、昭和初期をおもわせる質素な畳の部屋。下手側に小さな窓。北向きの薄暗い部屋である。角には色とりどりのキモノが畳んである。天井に電球がひとつ。この下で少女がひとり、正座して小さな木琴を弾いている。マレーヴィッチの絵画のような幾何学模様なキモノを着ている。
下手より男があらわれる。
郵便配達人の恰好。肩に黒いカバンをかけている。美しく使い古した皮製。なかなかの品物である。7拍周期のギクシャクしたスキップをしながら(注1)、それとはかみ合わない間延びした鼻ウタをうたっている。
そのままあたりを何周かした後、木琴の音に気づき、立ち止まって窓から部屋の中をのぞく(少女は木琴を弾く動作はしているが、音は実際には聞こえてこない。)。
その時も、男の体はせわしなく動きつづけている(注2)。
少女も男に気づき弾くのをやめる。
少女 だぁれ?
男 えっ。あっ。あの……
少女 ゆうびんやさん?
男 あ、はい……。こんにちは。
少女 こんにちは。
男 そ、その、その曲なんて曲?
再び弾き始める(ここで初めて実際に音が聞こえる)。男の動きが止まる。
ドドレファドレ、ソソソラソー、ラーラソラドラソファ ファソファレー。
男 いいねぇ。誰に教えてもらったんだい。
少女 昔どこかで、こんな歌を聞いたの。それを思い出して弾いているの。
男 いいねぇ。いい曲だねぇ。
少女 そぉ? よくわからないけど、今からこれを練習しておくと、大人になった時役立つような気がするの。
男 いいねぇ。きっと役に立つよ。
少女 ゆうびんやさん、お手紙あるんじゃないの?
男 あっ、そうそう。(カバンに手をつっこみ探す)あれぇ。たしかに1通……手紙が…… あれ?
少女 ホントにあったの?
男 あったよ。さっきまでこのカバンの中に……。
少女 ホント?
男 いつもそうなんだ。出かける時にはちゃんと入っているのに、届け先に着いたらなくなっているんだ。
少女がまた弾き始める。男はカバンを逆さまにしたり、クツをぬいでみたり……このジタバタが何かダンスのようでもある。この動作は、男の次のセリフまで続く。
上手より父が、ゆっくりと威厳をもってあらわれる。17世紀ヨーロッパの宮廷楽士の衣装。バッハ風のカツラ。すぐ後から母があわてて追ってくる。華やかな色彩のアフリカの寛衣をまとい、派手な首飾りをしている。手に紙切を握っている。
母 あなたー。大変、オオヒロがこんな手紙を……。
父 どないしたんや。何や、みせてみぃ。(読む)─―前略、ボクはミナトから船に乗って旅立ちます。さようなら。オオヒロ─―
母 あっ。音符も書いてあるわ。
父 ん?
母 (うたう)ソラシドドレミファミレドシレラレ……
父 おぉ、ええなぁ。アイツが作ったんか。さすがワシの子や。
母 そんな呑気なこと言ってる場合じゃ……。
ト言いながらもうたい続ける。美声。
父 おいこら。なんでそんなトコにアクセントつくねん。そこはウラやろ。
母 なんでって、この方が自然というか、気持ちいいというか……。
父 シゼン?キモチやて?そんなもん、ワシは認めん。
母 あらそう?どこがいけないの?
尚もうたい続ける。だんだん昂ぶってくる。
父 あかん、あかんのや!ワシは許さん。絶対許さん!
父、下手に去る。母はうたい踊りながら楽しそうに後について行く。
男 あぁ、ない。どこにもない。ついでにカネもない。でも行かなくっちゃ。船が出てしまう。
少女 みつかったら届けてね。期待してないけど。
男ブツブツ言いながら上手に去ってゆく。やはり奇妙な歩き方(注3)。
少女は見送らずに一心不乱に木琴を弾いている。
男が舞台から消えると同時に、下手から赤い自転車に乗った郵便局員が登場。
郵便局員(メガホンを使って)ご町内の皆さん、こちらは郵便局です。最近、ニセの郵便配達人が徘徊しております。家の中をのぞいたり、声をかけたりしておりますが、この男のカバンには何も入っておりません。手紙もハガキも配っておりません。ご町内の皆さん、こちらは……。
暗転。木琴の音だけが鳴り続けている。いちどだけ遠くの方から霧笛が聞こえる。
終り
(注1)左足で地面を蹴って浮び上がり(1、2拍)右足で着地すると(3拍)すぐに左足(4、5拍)右足(6、7拍)で飛び上がるように進む。
(注2)ヒザの屈伸運動をしたり、宙を蹴り上げたりしながら、左右の手のヒラで自分の身体をタイコのように叩いている。足が等間隔で3回動く間に、手の動きにはやはり等間隔で5回アクセントがついている。ちなみに3と5の最小公倍数は15である。
(注3)2歩進む間に手は交互に3度振られる。しかも指先は、1度手が振られるごとに2回、3回、5回と小刻みに動いている。
「水牛レーベルを立ち挙げるんだけど、なにか出したいものある?」と八巻美恵さんから聞かれた。そう言われれば、いっぱい抱え込んでいるなあ。20年余にわたってシコシコ続けてきた自主制作コンサートのライヴ・テープ。その中からピック・アップするのもいいけれど……でも。……そうだ! と閃いたのが、つい最近聴いたばかりの、通崎睦美と港大尋の共同作業によるマリンバ・ソロ曲集「届くことのない12通の手紙」。閃いたら、即、行動というのが私のやり方なので、早速、ふたりに提案してOKをとった。と、ここまではトントン拍子だったのだが、その後が、いろいろと大変だった。とにかくあれやこれやの紆余曲折をへて、ようやくリリースに漕ぎ着けたわけだから、言い出しっぺとしては嬉しい。あとは出来るだけ大勢のひとに聴いていただきたいだけである。
港大尋の作品の多くにはコトバがある。時には饒舌ですらある。でもこの作品にはコトバがない(あってもほんの少しだけ)。だが聴いてみると、それがきわめて反語的だということが解る。コトバを失していても、音それ自体はまことに雄弁なのだ。コトバの無力を感じるくらい、かもしれない。私がこの作品のCD化を提案した理由のひとつだ。コトバが無力なくらい、音を雄弁にしているのは、むろん通崎睦美の演奏である。
ああ、しかし、この場でもやはりコトバは無力。論より証拠。とにかく聴いてみてください。(2001年大晦日)
とどくかな? とどいてよ!(てがみ解題) 三橋圭介
マリンバ奏者の通崎睦美さんは京都に住んでいて 演奏の傍ら着物のコーディネーターみたいなこともしています 着物を身につけ 音楽を身につける でもありきたりじゃつまらない だから「どんなふうに どうやって っていうのが大切」
すこし前 いつもどこにいるかわからない港大尋さんという変なおにいさん(おじさん?)から とても奇妙な切れ切れの12枚のメッセージ付きの布をもらいました 港さんの性格みたいにいろんな色がごちゃまぜになって ねじれてゆがんでいます 「このゆがみがいいわ」って通崎さん 「読むのがたいへん でもラブ・レターかもしれない あの人って変人だし 気持ちをこんな風にしかあらわせないのね フフッ!」
通崎さん しわに丁寧にアイロンをかけて ようやくことばを発見しました でもひとつづつしかありません しかし・・・でも「12枚をつなぎあわせたら・・・」 期待に胸をふくらませてパズルでもするように・・・でもよくわかりません
でもわたしなら着れるわって、通崎さん、着ちゃいました。もちろん元の通りしわくちゃにして。いま 通崎さんは色のねじれを生かしてとてもお洒落に音楽を着こなしています
(後日、やっぱり何が書いてあるのか気になった通崎さん、音名象徴のいい加減博士の三橋さんに謎解きを頼みました。解読は以下の通りですが、ラブ・レターでなかったことだけは確かです。いやそれどころか・・・。)
1. thAt《その, あの》 (もどかしい感じで)えーと、あの、その〜。なにを言っているの! はっきりしない人ね!
2. ConjunCtion《接続詞 ラテン語で「つなぎ合わせる」の意》 偉大なるJ.S.バッハをつなぎ合わせることだが、バッハをConjunctしてCtion(クション!)とくしゃみをすること。はっきりしない男、偉い人を見習ってみようと意気込んだ。でもだんだんずれていく。C調ことば。
3. onCe《一度,一回,昔》 昔、一度・・したんだ・・・と繰り返す。きいている女「またそれ いいかげんにして」と繰り返す。
4. althouGh《だけれども, とはいえ,しかし, だが》 onCeの男「だけど・・・・」。またも繰り返す。それも早口で。女はあきらめてきいている。ことばのリズムのズレが気持ちよくなって眠ってしまう。作戦勝ちの子守歌。
5. But《しかし, だが, けれども》 騎兵隊のラッパの音、結婚行進曲を暗示するリズム? それとも葬送行進曲のリズム? 結婚・・・しかし, だが, けれども・・・・たー・たー・たたー。
6. Because《なぜなら》 Butの読み替え。さらに深刻に思い悩んでいる。どうにも鳴らないつぶやき(オスティナート)の上で、トレモロの感情が揺れる。
7. Still 《それでも(やは り), なお》 うじうじ。
8. iF《もしも》 もしもAなら、否、もしもBなら。仮説。AとBのせめぎ合い。
9. AlAs《[悲嘆・憂慮などを表わして] ああっ》 絶望を秘めたあきらめか、どうしようもない嘆きか。
10. nEvErthElEss《それにもかかわらず》 ノーテンキに「ラララ〜 そ〜れー!」 勢いをつけてみたものの、どこか元気がない。
11. anD《そして》 あの時はよかったな〜。かつて遊んだ沖縄を夢みてダンス。 12. thereFore《それゆえに, 従って》 結論を導き出そうとする。沈んだ調子で何か呟いている。繰り返し繰り返し、呪文のように。
解題 港大尋
踊ることが好きだ。とりわけヒップホップダンスのような、ゲームのように遊び興じるダンス。ビートだけがそこにあって、ビートの内側から向こう側を垣間見る。旋律が戦慄となって、震えが生じる。その震動こそがダンスだ。
「届くことのない12通の手紙」を書くときに強く意識したのは、そのような震えだった。作曲するときは、足を踏み鳴らしながら。突然、息つぎしてみたり。上体を揺らして、聞こえない音に耳を澄ます。目をつぶって、光や色彩の震動を眺めてみたり(なかなか楽しい作業ではあったのかもしれない)。
そして、音の「方言」を素材にすることで、震えを脱臼させ、逸脱させてみたかった。ここでの「方言」とは、覚えやすく忘れられやすい、都市の祝祭的な音の在り方から、できるだけ遠く離れた響きのこと。音の訛り、というようなことだろうか。「標準語」からずれにずれた訛りは、空間をねじ曲げ、場をぴくぴく痙攣さす、そんな力をもつ。
思うに世界は、幾多ものねじ曲がりだ。様々な事物がそれぞれにねじれの位置にあって、ほんのいくつかの接続詞たちが、ねじ曲がりとねじ曲がりとを結わえつけ、ときに分け断ちながら、世界をかたちづくる。そこに文が生まれ、物語が生まれるのだ。
12通の手紙は、決して届かない。通崎睦美という素敵な差出人がいるにせよ、はっきりとした宛先がないのだから。だが、届くだろう。どこへともなく、ねじれとねじれとねじれとの軋みと歪みと震えのさなかに……。
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