『砂漠の教室線――イスラエル通信』 藤本和子

目次    


砂漠の教室 I

砂漠の教室 II

イスラエル・スケッチI
 ベドウィンの胡瓜畑
 
銀行で
 雨の兵士
 スバル
 乗り合いタクシーの中で
 鋼鉄《はがね》の思想


ヨセフの娘たち

イスラエル・スケッチII
 影の住む部屋
 悪夢のシュニツェル
 オリエントの舌

   
――言語としての料理
 オリエントの舌

   
――ハイファの台所
 あかつきのハデラ病院
 知らない指
 おれさまのバス
 建設班長
 山岳の村


なぜヘブライ語だったのか

    イスラエル・スケッチI


 銀行で

わたし あの、この外貨をあずけて口座を開きたいんですけど……
銀行員 そう。
わたし あのう、外貨で入れたものは外貨で引き出すことができると聞きましたが。
銀行員 そう、はじめからそういう種類の口座にしなくちゃだけですよ。
わたし はあ。では、そういう種類の口座にしてください。
銀行員 ちょっと待ちなさい。そのまえにやってしまいたいことがあるのよ。
わたし長いこと待った。ようやく、銀行員女史の手があいて――。
銀行員 ええと、なんでしたっけ?
わたし あのう外貨の口座を開きたいんで……
銀行員 あっ、そう。じゃあ、ここに名前と住所と金額を記入して。
わたしはいわれたとおりにして、用紙を渡した。
銀行員 ふん、ふん……。はい、これでいいです。で、お金は?
わたし ここにあります。
銀行員 それでは、これでいいです。
わたし えっ? あのう、通帳はくれないのですか?
銀行員 通帳ですって? あなた、なぜ通帳がほしいんですか。さっき、預金伝票のコピーを上げたでしょう? それでじゅうぶんというものでしょう?
わたし でも、わたしは通帳が欲しい。
銀行員 なぜです? なぜ通帳などが欲しいのですか? どうしてもというなら、作りますけどね、でも、通帳なんてあったってなくたっておなじことでしょ?
わたし そういうものでもないでしょう。わたしは通帳が欲しい。いくら残っているのかつねにわかっていたい。
銀行員 差引残高については、こちらから郵便で報告が行きますよ。
わたし 毎月ですか?
銀行員 まさか。三カ月に一度です。
わたし 三カ月後にはわたしはもうイスラエルにはいないんですよ。そのときに差引残高を報告してもらってもどうにもなりません。だから、通帳が欲しい。つねに残高をわかっていたい、ぜひ。
銀行員 あなた、銀行を信用しないんですか? 全然話になりませんよ。銀行に口座を設けよう、銀行と取引きしようっていう場合は、まず銀行を信用しなくちゃだめじゃないですか!
わたし 信用するもしないも、わたしはただ通帳をくださいといってるだけで……。
銀行員 銀行を信用しなくちゃだめですよ!
わたし わかりました。信用します。だから通帳ください。
銀行員 どうしてもというのなら作りますよ。さっきもそういったでしょう? でも、銀行というものは信用のうえに成りたっているのですから、それが基本ですよ。
わたし はい。
と答えて待っていたら、ようやく通帳をくれた。見ると、金額は全然書きこんでない。
わたし 金額が記入されてないですね。
銀行員 あなた、通帳くれ、通帳くれというからあげたじゃないですか。口座番号も指名も書きこんであげましたよ。金額くらい自分で記入しなさい。


河出書房新社 1978年11月25日発行




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