『ロベルト・シューマン』 高橋悠治

目次    


一歩後退二歩前進


シューマン論の計画

現状分析の意味

見とり図

転倒の方法 その一

芸術運動と機関誌 一八三〇年

芸術運動 一九七七年

雑誌メディアの批判

転倒の方法 その二

批評についてのおしえ
(ダビデ同盟偽書)


批評家の誕生

老キャプテン

訳者の注

知的貴族主義

クラインのつぼ

フロレスタンとクレールヒェン

墨テキにこたえて

むすび

    老キャプテン


きのうのあらしが窓辺にあれくるい、つぶやく声を追いたてていたかにみえたあの時、詩情にみちた老キャプテンよ、きみの姿が心にうかび、きみのしずかなおもい出に、外のあらしをわすれたことでもあった。

一八三?年に、われらの仲間にやせた、いかめしい姿が加わったとき、そのきっかけはだれにもわからなかった。その名を知るものもなく、どこからきてどこへゆくのか、たずねたものもいなかった。それが「老キャプテン」だった。時には何週間もあらわれず、それから毎日のように、特に音楽をやった時にはやってきて、片すみにそっとすわり、だれも見ないとでもおもっていたのか、手のなかに顔をうずめ、ときには、演奏されたものについて、かんがえぶかく、すばらしいことを言った。ある日、私は言った。

「オイゼビウス、われらの無軌道でロマンチックな生活にはヴィルヘルム・マイスターの竪琴ひきが欠けている。どうだ、老キャプテンをその役にするのは? 匿名のままでもかまわない。」

そこで、かれはずっとその役割をひきうけた。しかし、自分のことはほとんど言わず、自分の生活にふれることは注意ぶかくさけてはいたが、「正しい情報」はつねに確認され、それによると、かれの名はフォン・ブライテンバッハ氏、……軍の退役将校、充分な資産をもち、芸術家と交際するのがすきで、そのためには全財産をなげだしかねず、――もっと重要なことは――ローマ、ロンドン、パリ、ペテルブルグに、一部は徒歩で、旅行し、有名な演奏家を見ききした。ベートーヴェンの協奏曲をきれいにひき、シュポーアのヴァイオリン協奏曲もひいたが、そのヴァイオリンは、旅行の時はコートの内側にしのばせていたものだ。しかも、アルバムに友人全部の肖像画をえがき、ツキディデスを読み、数学をまなび、すばらしいてがみを書いた、等。

つきあいをふかめるうちに、このなかに真実もふくまれていることがわかった。かれの音楽の才能はたしかめることができなかったが、ついにフロレスタンが偶然にかれの演奏をもれきき、帰ってから打ちあけたが、キャプテンのひき方はひどいもので、かれフロレスタンにきかれたことをわびるべきしろものだということだった。そこで、フロレスタンは老ツェルターの話をおもいだした。ある晩シャミッソーとベルリンの町を散歩していると、ピアノの音がした。ツェルターはそれにしばらくききいり、それからシャミッソーの腕をとって言った。「いこう、あいつの音楽は、自分の耳にしか向かないよ。」

もちろん、かれにはしっかりした技術が欠けていた。しかし、その深く詩的なまなざしはベートーヴェンの高みと深みに一眼で達することができたので、音楽の勉強を音階や先生についてではなく、シュポーアの協奏曲『歌の情景』とベートーヴェンの最後の変ロ長調の大ソナタからはじめた。これらの曲を十年間も練習していると、かれは言っていた。時々はうれしそうに、ソナタも指になれてきたから、もうすぐきかせてあげようと言うこともあれば、がっかりした様子で、時々頂上をきわめたとおもっても、またどん底につき落されるだけだが、やはりもう一度努力せずにはいられないと言うときもあった。

かれのもつ実用的な知識はそれほどでないとしても、かれが音楽にききいるところは見ものだった。かれを相手にした時、私は最上の演奏ができ、しかもそれをたのしんだ。かれがいると、それにはげまされ、私がかれをおもうままに支配し、みちびくとしても、私のその力はかれから発しているように感じられた。かれがしずかな声ではっきりと芸術の価値について語りだすと、かれの思想ははるかな高みから発するようにきこえた。明確で、個人性をこえた真実だった。かれは「非難」ということを知らなかった。つまらないものをきかされたときは、かれには、それが実在しないとおなじであることが見てわかった。子供が罪を知らないように、かれは俗なもの、つまらないものを感じる力は、まだ目ざめていなかった。

数年間、かれはわれらのところに出入りしていた、いつもめぐみぶかい精霊のようにむかえられて。最近は、姿をあらわさない時がいつもよりながくつづいた。毎年のようにでかける徒歩旅行にでもいったのかとおもっていたが、ある晩、新聞にかれの死亡告知がのっていた。

オイゼビウスは、次のような碑銘を書いた。

「これらの花の下に沈黙の和音をゆめみる。みずから弦をかきならすことはできずとも、私の心を知るひとの手にかかり、友として語りかけよう。ゆきずりの旅人よ、私をこころみよ。やさしき楽の音で、心づくしにこたえよう。」



『ロベルト・シューマン』(青土社 1978年6月5日初版発行)より




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