『いと、はじまりの』 小沼純一詩集

     目次


こく べつに
こもり うた
あまごいの
ひびきわたし
ほそり
ほめうた
はじ いて
いるいない
から かしら
みずのはじ
ようせい
ひびのてん
なりかわ、って
はじ、め/いとのはし
もくし、もくし ながら
わたり

あとがき


  こく べつに


すくいあげるときには
きれそうにないふくみをすて
わすれて
楽器のように
よる
ひとりでになってしまう
楽器
のように
はじをぬっていかなくては


(予定って
   なぜ
   こんなに幸福なの)


ひとの情を
ものの意を
吸いとっては
おのがかたちをなしてきた
かんじ
かんじたち
(だれの快楽も
    あてにはできない)
よこなぐりの雨に
じっとりとおもくなった空気を
ゆらし
ゆらして
かみをとおざけ
命じてくる
こえ(の)うつ わ
(ゆっくりと
      記譜を
         する)
こと

からのいんがを揮発させる
…いつも/いつのまにか…

こうじょうに
ならわしを
なしくずしにたた え
      たたえ
(おなじ
     よ)
はじまってしまったことだけを
口実にして
つづき
また
つづけてゆく
(おと
 した
 みたい)
怠惰を
てぢかな玩具でせめて
こそ (こそ、っ)
(目をさらし
 口を封じる
      むすうの
      そうさせん)
うらぎろうとする


リノリウムばりの天動説には
いい かげん
うんざりのまま
(そんな
    たいこの)
しゅうまつのご(ご)
しかんする
のろい
ていたいから
ひたすらにかきだしてくる
(あいして
     しまった
         から)

(にく
   しん に
       なる)
なつ
かれの時節から
ひとの
てのひらに
洋梨をおりあげる
すべを
ひめ
ほめ よ




  こもり うた


ふみだすと よる


ふみ だす
さきのみずはいつもつめたく
はなればなれの星たちの
よる
よってくる
手、てのひら
の/に
気流みだれて


(あし/くび
 つ(か)    れて
 か
 つれ
 あいがころぶ)


ほし
(ほし たちの)
こわれ
こ われて
ちり(ぢり)に
四散しながら

はのくわえた
  くわえてる
じっかんが
はぐき
(は にくに)
つたわる
あごに
つた わってる
お もい(おもい)
ずっと むかし
けもの(ねこ?)だった
(あごにくる)
かんしょく
(だ から
 よんで
 よんで よ)


ことばづかい(つかい)
かえて みる
みてみる と

 っ(と)らくに
からだ
なって(ゆ)く


みつめられてものの
かなたから
ひと の けはい
ただ
よってくるあたり

ささ
ささやかな
こく はく
の/な
もの が たり
なく なって(た)
ひび
天文をかけぬけて
くわえる
もの のおおきさを
かえて
とり かえて
   かえて ゆく
その
あごのひらきに
ある実感を
ひた
ひた すらに
かえす の


(いつ(し)か、
 にくはいりません)


はるいちばん
予感し
て/た日(から)
あぶらなのパスタをたのみ




  あまごいの



はすかいにうつろってゆく季節には
なじみようもない
あつくくぼませたてのひらを
いっぱい(に)さしだして
古代からつたわってくるあまごいの
めぐむ(めぐみくる)あおい光学をめくり
みち(みちの)
な(が/か)れるたどりへとまよいこむ
ひたすらなのぞみ
(ある きたい)


微熱(の/を)
さそうよどんだくるいを
めぐり
くるいをおくり(/ものへ)
すりかえ
また、かくし(もし)ながら
もろもろの葉脈を
もろもろのはうらにたまったみちの(/お)りを
なが く
そう、ひとのいき
   ひとのこいをな(か/が)から しめて
ただ
(ある きたい)
はじまったようにおわりたく
ひた ひた
しみいってくる
(こい)
それに
(こい)との
声にまぎれ
みちをはずしつづけて




  ひびきわたし


よいんだけだった
こまくでなく
わたしをならしている
空気がほんのすこし
きはくになる


いつも
倍数にひとつのからだを足し
奇数のまま
ためす
呼ぶのか告げるのか
まだ
わかっていない のに
つたえる
つたえるはどうだけは
おぼえている


ひらいているのは
ざんこくに
おきかわる
ことばではなく
てのひら
てのひらのかたちをした
わたしのかたち
そのままでひそやかに
しめる
とおりすぎるのは
耳もない
ふくろづめの器官たち


とおり すぎる
喧騒や冗語にすこしずつ
ひふをあらしながら
でも きっと
まっていた
たより
になる自動詞をてがかりに
からだで
にぎりあう


あなたへと
わたしの鐘
鐘のひびき
て わたして




  ほそり



声にのらなくてもこの子にはわかるのね
(と)かたわらのサボテンをみやる
とげさきにひっかかるの
さりげなくつたえずに
って
だまっていても
おもい、からすこししなって
こころもちやせるのよ


おと
ずれぬものをききとって
ぼく、ぼくたちのあいだ
ひたすら身をほそらせる
きづかいに
ぼく、それともぼくたちがつぐなえるのは
いつ、いつから(なの)だろう




  ほめうた……ピーター・ガーランドに



ひろがっている
のに
ずっと
ずっとわすれている
沈黙を
ゆびさきが
かすかなピアノでふちどっている
(のを
 きいていた)

サボテンのにくのよう
いっぱい(に)
つまったまま
きりわけ
ころがりおちてくる
ない
ものをくるんだ
おとのたま(たち)


さきぼそってゆく
さかをたどって
かえるのは
いつだって
ひとりのとき(を)かかえこむ
ぬけるようなノンセンス


あめがくるとき
はのいろがかわり
とおく、
とおくの星々に
一輪のはながとおりすぎる
(の)を
おもいだすのは
いつ
のことだ(った)ろう


*「雨がくるとき、葉の色がかわる」は、ピーター・ガーランド作曲、
ヴァイオリン、ピアノ、マリンビュラのための『ラヴ・ソングス』(一九九三)
の楽章に付けられたタイトル


  はじ いて


ゆめのなかでは
ぱさぱさになる
(くらい)
たくさんの手
手 だけ(が)
よって
きて
パプリカとサフラン
こすりつけてく

ほとんど
みずけ はじきそう
なする
って、でもいうのかしら
ほら
パンこねる
台のうえなんか
だいだいにまみれ
ごねてはみるんだけれど
二の腕までいっぱいで
よがっても
いけ
ないのよ

ひざついて
けもののかたち
むね
引力でさがっちゃう
天窓からはひがさんさん
(さんざん)
まっ さお

ばっかりで
あと
みえない
ううん
みるきしない
みえてない

なんでだか
むせもせずに

いったりきたり
そのたびにはちょっとでも
いっぱい
いっぱいに くるから
いろ
いろ くるまれ
ふるえたりすると ぽそぽそ
おちたりしちゃうのに
きっとパエリアのなかでも
このままならねむれちゃう


  いるいない


いないのに いたい
ふりだけかも
しれないけれど
おと

になると
かんじだけじゃ
なく
なるみたいで
ひろげてる これ
すき まだって
すぐ
いろ かわ
っちゃうでしょう

やめたい
でもやめらんない
じつ
なんてないみたいなのに
なんでまた
とりあえず
どっちかしかえらべないんだろ
時間ごとに
いし ならべ
ならべかえても
あい
かわらず
まる

縁日の金魚のようだ わ

あってない
あいだ
気もつかないまま
よくうたわれて
  うたわれてるから
よくう  れて
 くう    こともできないし
よ    れて
よ   われて
やっぱり
うた
われてしまった

涙でない涙
 でない涙
どこも いたくなんかない
よるの
まち
まんがいち
いのられても
うけたりなんかしない
よりかかるのはガードレール
せいぜい
音あわせ
ボードレールって

ま さぐる
つづけ る


  から かしら


かすかに
ごく かすかに
ふる

つづける
鼓動のぶん
ちょっとゆれる
そのすき まに
あなたとの距離が ずれ
また
ちょ
  っと もどる
(かくれて
 咳をする)
じかんがすぎたぶんだけ
かなしい
この あいだに ころされた
死んだものは
このあいだに ひらいているのは
(空と声をとりちがえたり
 かおりを肌としんじたり)
とおりすぎる もの
ちり、それとも風
よくしらない
うた、ばかり かも

文字と声のあわいをすりぬけ
どうしても
わたし、そとにいる
そとの まま
あなたのなかには
いかない(いけない)
なかに
くるばかりのあなた
(円形になりたい
 せめて だ
 円形 に)
耳もとでさけび あげても
あなた(へ)は
とおい
とおい、でしょう
(ゆびさきに毒
 たまってるよう
 ほっておくと
 あめみたいに
 たれさがってしまい
 そう)
いってしまえば
あなたはことばなだけで
(名をよぼうとして
 おもいだせない)
ひととひととのあい だ に
読点をうつ

さわりかたでわかっても
とおりすぎてしまうから
いつも
うしろむきでいなくては
あう
ことも かなわない
すなおさは手にのこるだけ

どうやって愛したらいい
(どうしたら
 あい しきる
 あいし きる)
季節の
そして一日の
ちょっとしたずれに
(わたし
 かわって
 いるのかも)
て わたしてゆくものは
かたちをかえ
動詞だけたしかに
(なぜひとは
 冬眠をすてたの)
いつ
どこ
から かしら


  みずのはじ


はじめ
なければ

(はじめ なければ?)

うすく
した むね
そりかえる
した

むね
はじめ
はじめ て
なで なければ
そり
そり かえり
   かえり つく

いつ
いつまで
いつ(ま)でも
ひとをおって
わたしてた

わたし
わたし て
わたしてた わ
はき け

はきけだけ
ただ
(ただ)
ひとつのじっかん
    (じかん)
にして
やって
やっていた

じかん
(じっかん)

いつ
(いつも)
もの かげのように

さくれ
ささくれ て
わたし
さく
じかんのなか
ささくれて

よびごえはたえたまま
(たえた まま)
すな
ひとつぶのえいかくに
つまづいて
みみ
みみより
  (よりも)
おく
  れてしまう
ひとの
(ひととの)
むねにすくう
ひとの
ゆめに
(す)
くう
はきけ
もの
かげのように
ため
いきをついて
ころす

(まっすぐとみないのも
 せいじつ
     なの)

はじ
なければ
むね
すう ばかり
はか
はかいし
はかい しに
(はかいしに)
はだ
  し
   になって
ゆびのはら
てのひらを
むね
すくい
すくいあげ
なで つけて

いつ
いつ
ま(?)

いつ
ま(?)なの

わた
わた し
わた して
おくれながら
わたし
むね
すくい
ささ くれて
くび
くびき
ひきずったまま
みず
(みず)
みず が
はじ

みずが
はじま
   った


  ようせい


よみかけて
うらむ
あいた い から
つむいでくる
いとでんわ
うら
み の
しゅうへんから
めぐってくる

しゅうへんからよみがえり
けいとうをめくる
よみ かえり
めくる

 くる
めくる めく
めくって
    くる

うら
きりながら
かくし て
め かくし
して
うら かえりながら
うら
みかけて
こっそりと
こもる

めかくしを
うら
めくって
まず
まずしく
まずしくなる

よみ

 みかけて
いと でんわ
かけて
どもる

よみ
よみ かえて
はのないくちで
うら
きりないから
いと
いと でんわ
れんたいをあてさきに
まずしさをつむぐ

いとのさき
いと
しゅうへんに
けんたいをよどませて
こもること

うらぎりを

よりだす

よみ
かけた
うらみから
あいた い

すくってる い

しょうがいを
つぐみ
つむぎつつ
せいしん

い に
しょうがいかかえ
さいせい

ようせいに
れんあいの
さいせいを
あい
あいの
あいのようせいに
よびかけて

うら
うら

うらがえして
よび
よび かける


  ひびのてん


かさ
  ならない
かさなら
     なくなる
かさ
  なら なくなる
(てん)
くわえ
(てん)
くわえ て
ひび
ひびく
ひび いる
ひび くいて いる
(てん)
くわえながら
ひび
かさなる
ひび
かさなって ゆく
(てん)
くわえ
くわえて
ふり まわす

はむ
はしから
ふり まわして
くび
くびれて
くびれたまま
(てん)
かさなって
ひび
(ひびに)
てん
くびれたまま

くわえ
くわえ て
かさ なってゆく


  なりかわ、って


こえのたび
おとづれ(てく)る
かんまんなあゆみのなか
べつの
(また)
べつのこえがよび
よせられ
うた
わけあい
なりかわっては
(また)
とおざかってゆく

たいきのなか
うっすら
とけてゆく
とりたちのむれ
さが(を)
うらない
きし みながら
きたい のは
(き(き)たいのは)
はかり
しれない
ねむりのたたかい

そんなとき
そばにいたひとのくちぐせが
(ふっと)
こぼれ、て


  はじ、め/いとのはし


てのひらのかさね
こうごに搏(/拍)の
うち
あうように

はすかいにあるきながら
かぜのおと
した(の)は
いと
おくり
おくられる
いと
なくしては
はり つめる
はり わたす みみ
の射程を
きせつ(きせず)に
ふちどりゆるめ
ひとり/ふたり
(て/で)に
あるいてゆく
ない
ことからはじめ
 るのでなく

おくれない
うち
(ある ことは
 ときに
 ないことを
  わすれてしまう
 から)
こんせきのない
(その)
ときどきの
どうしばかりを
ひたすらに肯定し
いき
いき(つき)ながら
よんだのは
いと、
はじまりの


  もくし、もくし ながら


かわくまでまっていた

かみ
しろくなってしまうから
むり、と
かさ(ね)
さけていて、も
どうしだけのこして
さいご
さい ごの
ふ・かんよう

てんきあめ
おち
ついたら
こんど
いつ
こんど いつ

みえるのかわからない
(から/けれど)
くい
くり・のべ
くい あらためて
ペルソナ・ノン・グラータ
いと
だけ(を)たよりに
いちど きり
もういちど
きり かえし
もく し
もく
  しながら
せかいのおわり
には
きみ
と いっしょ

*「世界の終わりには君と一緒に」は、桜沢エリカのマンガの題名


  わたり


にじ
  みだす
こい
  と(の)
      よびごえ

から
  みつく(/みつぐ)
ゆび
  さきの
いと
  (お)しい
おん
  (おん (そして)
           な)
             よ

いき
  (の、し)
       かた
         を

  よい
    ながら
いし
  つむように
たえ

 たえ
ただ えつらくの
えいえんに
いと
め あわせて
たたえながら
かにく
   のなか
いつく
   し
    まれた
こうぶつの
にじ
うき
  うき(し/だ)
         して
あい
  てに
    わたり


...........................................................

 ききちがえる。
 また、文字を追いながら、ときとして音に牽かれてまるでちがうところに出ていったりする。
 書いていてもかわらない。
 ふ、っとうかんだことばが、すぐ、よこすべりをはじめてしまう。ワープロにむかっていると、つい、ひらがな一文字一文字のあいだに改行キーを、無変換キーを、たたいている。
 ばらばらの文字が、音素が、書き/読むものにそのときによってちがった〈意味〉をかえしてくる。
 書きたいのに、書いていることを統合的なひとつのところにむかわせることができない。〈作品〉を細部が、ひとつひとつの文字がうらぎってゆく。
 八九年夏に出した『し あわせ』以後、書いていくことがひたすらうすさへとむかってゆくような詩篇が、ここには集められている。パーソナルな『アルベルティーヌ・コンプレックス』や現在も書きついでいる散文型の詩篇とは、ことばの発されたところはちかくても、拡散の、また凝集のしかたが異なっている。

 一九九四年七月





思潮社 1994年10月25日発行  





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